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大発見(11月25日)6 [ドナルド・キーン先生]

 大発見(11月25日)6

一枚目と二枚目は、占いのカードです。ニューヨークに行くと、ジェーン・ガンサーの家でいつも会っている、父の親しい友人ナンシー・ラサールの別れたご主人(メキシコ人)から頂いたものだそうです。

次が永井道雄さんからの手紙です。

次の二枚は、ソ連のころの非常に優秀な女性の日本文学研究者、リボーバさん(モスクワ大学)からの英語の手紙です。父の自伝にも登場なさいます。安部公房さんとも親しかったようです。

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大発見(11月25日)5 [ドナルド・キーン先生]

大発見(11月25日)5

一枚目の写真は、狂言の茂山千之丞さんの息子さんの茂山あきらさんの子供の頃の絵だそうです。

http://dojicompany.jp/profile/profile_akira2.html

二枚目と三枚目は、ケンブリッジ大学時代の保険証です。1948年11月24日のスタンプがあります。

四枚目は、1963年6月25日にマダガスカルの大学で、父ドナルド・キーンを迎えてのパーティがあったようです。出席者名簿です。

五枚目はビルマのパガンの写真ですが、父自身の写真のようです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%AC%E3%83%B3

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大発見(11月24日)4 [ドナルド・キーン先生]

 大発見(11月24日)4

永井道雄さんからの手紙は何通かありました。一枚目と二枚目は永井さんの手紙を見ているところです。1970年代の手紙です。

そして次は高校時代、James Madison High schoolの成績表です。殆ど満点に近い数字です。先生の名前もありますが、皆よく覚えているそうです。フランス語のフランス人の女性教師のことをよく覚えていました。

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大発見(11月24日)3 [ドナルド・キーン先生]

大発見(11月24日)3

お父さんからの手紙の表書きですが、お父さんからお母さんに当てられた手紙で、住所はブルックリンの家の住所になっています。

二枚目は、その手紙を読む父です。

三枚目は、日付は1934年9月29日で、ニューヨークからヨーロッパに向かう船の上で書いたもののようです。便箋などから分かるそうです。UNITED STATES LINESというヘッドです。

四枚目は手紙の末尾です。

五枚目は、親友だった永井道雄さんの手紙です。

六枚目、七枚目は、海軍のホノルル時代、このカードがあると安く買い物が出来たのだそうです。

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大発見(11月24日)2 [ドナルド・キーン先生]

大発見(11月24日)2

一枚目、二枚目、三枚目の写真ですが、以前に書いたことのある酒井和也さんというアルゼンチンで生まれ、日本で教育を受けた帰国二世で、日本文学をスペイン語に訳した翻訳者ですが、画家でもありました。父の友人でオクタビオ・パスを酒井さんに紹介したようです。酒井さんの画家としての業績もかなりのものだったようです。写真は、個展のパンフレットと思われます。1967年9月21日の日付とサインがあります。Mexicoとあるので、Mexicoに住んでいた頃で、Mexicoでの個展ででしょうか?

東京外国語大学の高木佳奈さんが酒井さんについて優れた研究をしておられ、今年1月21日に父に取材に来られました。当ブログでも紹介させて頂きました。

https://lacsweb.files.wordpress.com/2015/05/22takaki.pdf

酒井さんへの父の書簡は、テキサスにご健在の未亡人が持っておられますが、酒井さんからの父への書簡は一通も残っていません。この酒井さんの直筆のサインは、我が家に残された唯一のものです。

四枚目は、スーパーマーケットの袋の中には、だいたいこれくらいのものが入っていました。

五枚目と六枚目は、お父さんから手紙です。

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大発見(11月24日)1 [ドナルド・キーン先生]

大発見(11月24日)1

キーン家の大発見がありましたのでご報告させて頂きます。

一枚目の写真でご覧の通り、ニューヨークの家の近所のスーパーマーケットの袋の中に無造作に入っていました。

新潟の私の家にずっと置いてありました。勿論その存在は知っていて、かなり重要なものが入っていると思いつつ、大切にはしつつ、放置してありました。今回いい加減に整理しなければと思い、新潟から送ってもらいました。

2011年震災後から、9月1日に帰国するまでの間、私はたぶん4,5回ニューヨークへ行って、引っ越しの手伝いなどをしました。その時に父から、大切にするようにと託されたものの一部です。

二枚目は、父の若い頃の写真ですが、いつどこで撮影されたか分からないそうです。着ているチョッキが家にはあると思います。そのチョッキはケンブリッジ大学の頃に買ったと父は言っていました。

三枚目は、京都の智積院の僧侶、西崎照明さんです。そのお隣の女性はわからないそうです。1955年前後と思われます。

四枚目。これも大変な貴重品です。コロンビア大学での最後の授業の日、最後の授業を受けた学生たち全員の寄せ書きです。

五枚目、六枚目は、ケンブリッジ大学時代の名刺です。ものすごく小さいです。Lecturer、つまり講師という方が肩書きでした。ケンブリッジ大学で、外国人の講師を正式に雇うということは極めて稀だそうです。この頃はたぶん父一人だったのではないか、とのことです。それだけ保守的、といえるのかもしれません。この頃の名刺はこれ一枚だけです。やっぱりものすごく貴重です。

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ニューヨーク74(3月17日) [ドナルド・キーン先生]

ニューヨーク74(3月17日)

三枚目の写真からは、カーテンコールです。この辺から、あちこちで写真を撮っているので私もかなり撮りました。蝶々夫人の文字が漢字で徐々に浮かび上がって来ました。とても雰囲気があっていい感じでした。

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ニューヨークタイムズのインタヴュー(11月18日) [ドナルド・キーン先生]

ニューヨークタイムズのインタヴュー(11月18日)

午後3時から、ニューヨークタイムズの新任の東京支局長のインタヴューがありました。もっとたくさん写真がある筈なのですが、どうしてもこれ一枚しか見つかりません。最近三台のカメラで撮っているのでどこかに隠れているのかもしれません。

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ニューヨーク73(3月17日) [ドナルド・キーン先生]

 ニューヨーク73(3月17日)

開幕直前のわくわくする瞬間ですが、プログラムで歌手たちの名前や経歴などチェックしました。

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ニューヨーク72(3月17日) [ドナルド・キーン先生]

ニューヨーク72(3月17日)

劇場に入って、いつものようにエレベータで三階に当たる、ドレスサークルへ。そして客席。いつもの最前列の見やすい、聴きやすい席でした。

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