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長岡で佐渡文弥人形上演会6 [佐渡の文弥芝居]

長岡で佐渡文弥人形上演会6

 

午前の部の「ひらがな盛衰記」の終演後、楽屋を訪問したそうです。

 

先ずは楽屋の様子です。

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真明座の座長の川野名孝雄さんです。

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川野名さんと八郎兵衛さんです。

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川野名さんと八郎兵衛さんと、太夫の久保良子(宗香:そうこう)さんです。

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八郎兵衛さんと川野名さんと越後猿八座の永野八尋さんです。

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以上で、八尋さんから頂いた写真を元に私なりに長岡で佐渡文弥人形上演会の様子を報告させて頂きました。


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長岡で佐渡文弥人形上演会5 [佐渡の文弥芝居]

長岡で佐渡文弥人形上演会5

 

また「ひらがな盛衰記」の上演の続きになります。

この狂言を太夫一人、人形五人だけで上演してしまうエネルギーや、ちょっと妙な表現かもしれませんが効率の良さは独特で学ぶべきものは多いと思います。

このお芝居にはそういった場面はないと思いますが、例えば八郎兵衛さんは、

「端役の人形(文楽ではつめ人形)なんかは場合によっては両手で一番ずつ持てば一人で二役出来ますし、持たずに立てかけて置くだけでいいんですよ。人形遣いの人数が不足している場合はよくそうします」

私もそのようにしている文弥芝居を見たことがあります。文楽に慣れてきた私の眼には最初は奇異に映りましたが、次第に不思議な面白さを感じるようになってきました。困った場合はどうでもこうでもなんとかしてしまうという民族芸能の知恵が、なにかを象徴するだけで偶然にも別の効果を観客に感じさせるという好例ではないでしょうか。こういった時にはリアルであることが無意識に観客に強いることになる重さから解放されるような感覚があります。

舞台美術や衣裳、首(かしら)、小道具、語りや三味線などなどお世辞にも洗練されているとは言えない不思議な統一感があります。いい意味のおかしさや楽しさを感じます。

 

以下又写真で舞台をご紹介させて頂きます。

左の人形を使っておられる金子ミツさんは、女性にお歳のことを申し上げては大変失礼なのですが尊敬の気持ちをこめて、確か80歳代も半ばを過ぎておられたと思います。そのパワーとスピード感には圧倒されます。小学校の先生をなされておられたそうで文弥人形が本当にお好きです。

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他の写真です。

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次は、源太を遣っておられるのは座長の川野名孝雄さん、現在の人形遣い第一人者です。やはりスピード感や動きの面白さは並外れておられ、人形を見せる術(すべ)を熟知しておられると思います。

わが八郎兵衛さんは延寿を遣っておられるようですが、難しい役柄だと思います。

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長岡で佐渡文弥人形上演会4 [佐渡の文弥芝居]

長岡で佐渡文弥人形上演会4

 

「ひらがな盛衰記」の上演の続きになります。

佐渡の文弥芝居の魅力はなんなのか?

文弥節につていは、「(江戸時代)延宝年間(1673~1681)頃、岡本文弥が大坂で語り、哀調を帯びた曲風で「泣き節」と呼ばれ、流行した」

と広辞苑にありますが、この文弥節が大坂や江戸では途絶えてしまったのに、なぜか佐渡などの地方で継承されこと、またこの文弥節が明治以降に始められた文弥人形と結びついたことなどその歴史を考察する必要があると思います。

私は立場上、文弥節という音曲に大きな関心を持って現在残されている昭和20年代から40年代頃の音源を聴きながら、そしてそれを「弘知法印御伝記」の作曲に応用しながら考えています。

そのことについては今後私の作曲の作業をご説明する段階でご説明申したいと思っています。

 

先ずは舞台写真の続きです。人形のみの舞台写真です。

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次は、太夫の久保良子(宗香:そうこう)さんが弾き語りし、人形と一緒の写真です。

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太夫の久保良子(宗香)さんが弾き語りされているところです。私は久保良子(宗季)さんの弾き語りを聴いたことがないのですが、写真から見るだけですと、佐渡の歴史風土をそのまま背景にし、形などにとらわれない自由奔放な力強さを感じました。

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長岡で佐渡文弥人形上演会3 [佐渡の文弥芝居]

長岡で佐渡文弥人形上演会3

 

もう直ぐ「ひらがな盛衰記」が開幕します。

 

客席と真明座の引幕です。引幕はカラフルで力強く楽しい面白さがあると思います。

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真明座の座長の川野名孝夫さんのご挨拶です。川野名さんは文弥節の太夫で昭和の名人・北村宗演さんの息子さんです。実は、宗演さんの演奏された音源を私はしばしば聴かせて頂いて「弘知法印御伝記」の作曲の参考にさせて頂いています。

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「ひらがな盛衰記」の舞台の様子です。民族芸能特有な素朴な力強さ、可愛らしさ、エネルギー、面白さを感じさせる舞台だと思います。私も実際には文弥芝居はこれまで5,6回しか観ていないと思いますが、いつもその魅力に引きつけられます。

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長岡で佐渡文弥人形上演会2 [佐渡の文弥芝居]

長岡で佐渡文弥人形上演会2

 

当日のプログラムもお借りしました。スキャナしてみました。

午前の部(10:30~12:00)の演題は、

「ひらがな盛衰記」先陣問答の場、源太出陣の場

でした。文楽では、先陣問答の場は、源太勘当の段とか勘当場とか言っていると思います。

午後の部(13:30~15:00)の演題は、

信州川中島合戦」上杉輝虎居城の場、直江館取次部屋の場

でした。文楽では、上杉輝虎居城の場は、輝虎配膳の段、また直江館取次部屋の場は直江屋敷の段と言っていると思います。近松門左衛門の晩年の作品です。輝虎配膳の段は先代の竹本綱大夫師匠と竹澤弥七師匠の名演奏が残っています。東京に住んでおられた豊沢松太郎という方がこの曲をよく覚えておられてしばらく途絶えていたものを復曲されたと聞いています。私の師匠・重造から聞いた話では綱大夫師匠がこの曲の復曲を考えられた時に、おそらく相三味線の弥七師匠がご都合がお悪かったのでしょう、綱大夫師匠が私の師匠・重造にお願いしてお二人で松太郎師匠の元へ稽古に通ったそうです。ですからその時の稽古をした時の師匠・重造の本は形見として現在私が所有しております。師匠・重造からも、

「ええ曲やさかい、いつかお前にも稽古したるさかい」

と言って頂きながら結局稽古して頂かなかったことを非常に残念に思っています。師匠・重造としてもこの曲には特別の思いがおありだったようで、ご連中さん(素人で義太夫を稽古している方のことをこのように言います)にもお稽古しておられました。

また直江館取次部屋の場(文楽では、直江屋敷の段)は、文楽では確か昭和50年代に文字大夫時代の現在の人間国宝・竹本住大夫師匠と野澤吉兵衛師匠とで過去の朱章を元に復曲されました。私はその頃野澤吉兵衛師匠に近しくさせて頂いておりましたので、吉兵衛師匠が過去の本の朱章を見て解読なされ、頭をかきかき新たに本を書き直しておられるお姿を間近に拝見しておりました。地味だけれどもスケールの大きい名曲でお二人の舞台を毎日床の裏で楽しみに拝聴しておりました。今となっては昔々のことのように思い出しています。

しかしこの「ひらがな盛衰記」や「信州川中島合戦」がいつの頃から佐渡の文弥芝居で上演されているのか私には分りませんが、ちょっと興味深いことです。

 

以下、六枚分のプログラムとポスターです。

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長岡で佐渡文弥人形上演会1 [佐渡の文弥芝居]

長岡で佐渡文弥人形上演会1

 

10月5日(日)に長岡の新潟県立歴史博物館講堂で、真明座(佐渡市真野)の佐渡文弥人形上演会がありました。八郎兵衛さんもご出演されるというので座員の何人かの皆さんが観に行かれました。

八郎兵衛さんからはメールで、

「観に来て下さった座員は、八雲、八尋、猿次郎、仙八、八桐、八島、与八の皆さん。それに柏崎の霜田文子さんだったと思います」

また、その後で、

NHKの川端真由子さんも来て下さいましたよ」

というメールを頂きました。

 

午前の部(10:30~12:00)

午後の部(13:30~15:00)

の二回公演でした。

座員の方達は、午前の部だけの方と午前の部と午後の部の両方を観られた方がおられたようです。

私は前もって八尋さんが観に行かれると聞いていたのでBlogの為に撮影して頂くことをお願いしてありました。

八尋さんの写真に従って私なりにご説明させて頂きたいと思います。私は今回はとても残念なことに行くことが出来なかったので、これまでに観てきた文弥芝居のことなどを踏まえての説明になりますのでご容赦下さい。

 

先ずは新潟県立歴史博物館の外観です。

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ポスターにじっと見入っているのは、仙八さんと猿次郎さんです。

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八雲さんがポスターを指さして下っていて、猿次郎さんがなにやら上の方を見つめていす。

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玄関を入ったあたりの案内の前の様子でしょうか。仙八さん、八雲さん、与八さん、八桐さんがおられます。

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次は受付で、八桐さんと与八さんが記帳しています。

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