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正岡子規のお墓など(11月17日)4 [ドナルド・キーン先生]

正岡子規のお墓など(11月17日)4

大龍寺(だいりゅうじ)を後にして、お隣の八幡神社も参道に入って少し歩きました。子供たちが楽しそうに遊んでいました。

ここで家に帰ると思いきや、父は、「折角だから、赤紙不動に行きましょう」と言いました。道を歩いていた男性に行く道を教えてもらいました。その方は、父のファンで、大感激していました。

そして八幡坂通りを登って、赤紙不動へと向かったのです。

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正岡子規のお墓など(11月17日)3 [ドナルド・キーン先生]

正岡子規のお墓など(11月17日)3

記念撮影し合ったり、墓地に咲く花を愛でたりしました。それから境内のベンチで、5分ほど休憩しましたが、休憩はこれだけでした。そして門の外に出ました。

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正岡子規のお墓など(11月17日)2 [ドナルド・キーン先生]

正岡子規のお墓など(11月17日)2

父は久しぶりに子規のお墓をお参りしながら、子規についていろいろ話してくれました。しばらくお墓の前に佇んでいました。

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正岡子規のお墓など(11月17日)1 [ドナルド・キーン先生]

正岡子規のお墓など(11月17日)1

東京新聞の鈴木さんが帰った後、お昼寝でもするのかと思いきや、父は例によって突然、「さあ、出かけましょう」と言いました。「どこへ?」と訊くと、「正岡子規のお墓です」と。

私の記憶ですと、年に一度はだいた子規居士のお墓参りをしていましたが、確か去年は行っていないように思いました。いつも徒歩でしたが、かなり遠いので大丈夫かな?と思いましたが、もしだめならタクシーに途中から乗ればよい、と思い出発しました。

途中で道が不安になって来ました。父も何回も来ているのに、「久しぶりで、分かりません」というのです。私は非常に不安になり、数人に訊きましたが、皆さん、「すみません、分かりません」という返答でした。終いに、或るお寺に入って、そこのご住職にお聞きして、ようやく分かりました。方角は間違っていなかったので、無駄な時間をそれほど費やさずに、目的地の大龍寺(だいりゅうじ)に着きました。

墓地に入っても、またお墓の場所が分かりませんでしたが、ちょうどお参りの方がいて、またその方が父のファンで、とても親切に案内して下さいました。

この日は、歩いているといつもより沢山の方から声をかけて頂いたり、握手や記念撮影をもとめられました。

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「東京下町日記」のインタヴュー(11月17日) [ドナルド・キーン先生]

「東京下町日記」のインタヴュー(11月17日)

11時半から、東京新聞の毎月一回の連載、「東京下町日記」のインタヴューがありました。毎月の或る日曜日の第一面に掲載されます。今月分はまだ掲載されていませんが、たぶん明日20日でしょう。今回でなんと早、50回目を迎えるそうです。いわば東京新聞の好評連載記事でしょう。ず~っと、鈴木記者がインタヴューして記事にして下さっています。

この日は、12月分の記事のためのインタヴューでした。

鈴木さんは、約1時間のインタヴューの後、一緒に我が家でおうどんを食べて、帰られました。

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