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長岡で佐渡文弥人形上演会2 [佐渡の文弥芝居]

長岡で佐渡文弥人形上演会2

 

当日のプログラムもお借りしました。スキャナしてみました。

午前の部(10:30~12:00)の演題は、

「ひらがな盛衰記」先陣問答の場、源太出陣の場

でした。文楽では、先陣問答の場は、源太勘当の段とか勘当場とか言っていると思います。

午後の部(13:30~15:00)の演題は、

「信州川中島合戦」上杉輝虎居城の場、直江館取次部屋の場

でした。文楽では、上杉輝虎居城の場は、輝虎配膳の段、また直江館取次部屋の場は直江屋敷の段と言っていると思います。近松門左衛門の晩年の作品です。輝虎配膳の段は先代の竹本綱大夫師匠と竹澤弥七師匠の名演奏が残っています。東京に住んでおられた豊沢松太郎という方がこの曲をよく覚えておられてしばらく途絶えていたものを復曲されたと聞いています。私の師匠・重造から聞いた話では綱大夫師匠がこの曲の復曲を考えられた時に、おそらく相三味線の弥七師匠がご都合がお悪かったのでしょう、綱大夫師匠が私の師匠・重造にお願いしてお二人で松太郎師匠の元へ稽古に通ったそうです。ですからその時の稽古をした時の師匠・重造の本は形見として現在私が所有しております。師匠・重造からも、

「ええ曲やさかい、いつかお前にも稽古したるさかい」

と言って頂きながら結局稽古して頂かなかったことを非常に残念に思っています。師匠・重造としてもこの曲には特別の思いがおありだったようで、ご連中さん(素人で義太夫を稽古している方のことをこのように言います)にもお稽古しておられました。

また直江館取次部屋の場(文楽では、直江屋敷の段)は、文楽では確か昭和50年代に文字大夫時代の現在の人間国宝・竹本住大夫師匠と野澤吉兵衛師匠とで過去の朱章を元に復曲されました。私はその頃野澤吉兵衛師匠に近しくさせて頂いておりましたので、吉兵衛師匠が過去の本の朱章を見て解読なされ、頭をかきかき新たに本を書き直しておられるお姿を間近に拝見しておりました。地味だけれどもスケールの大きい名曲でお二人の舞台を毎日床の裏で楽しみに拝聴しておりました。今となっては昔々のことのように思い出しています。

しかしこの「ひらがな盛衰記」や「信州川中島合戦」がいつの頃から佐渡の文弥芝居で上演されているのか私には分りませんが、ちょっと興味深いことです。

 

以下、六枚分のプログラムとポスターです。

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