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越後 角太夫(えちご かくたゆう)の略歴と芸名について [越後角太夫と西橋八郎兵衛について]

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上の写真は、1月20日の稽古で、私(越後角太夫)が、りゅーとぴあの練習室で座員の皆さんに初段を弾き語りして聴いてもらっているところです。人形を遣う基本のひとつには、浄瑠璃を覚えること、ということがあります。浄瑠璃を覚えてもらわないと人形の動きが分からないことも多くあります。また浄瑠璃を覚えて人形を遣うことで、人形に魂がはいります。

《越後 角太夫(えちごかくたゆう)の略歴と芸名について》

1950年、新潟市(旧・巻町)生まれ。東京外国語大学(フランス語学科)卒。大学在学中に、国立劇場文楽研修生第一期生となる。1972年、義太夫節の三味線弾きとして四世鶴澤重造(じゅうぞう)に入門。師匠の前名・淺造(五世)を名乗り、人形浄瑠璃文楽座(ユネスコの世界無形文化遺産)に所属。国立劇場で「絵本太功記」にて初舞台。以降、文楽座の定期公演、放送番組、その他国内外の公演に出演し、年間約200日間の舞台を勤める。また、舞踊の地方(ぢかた)として、六世中村歌右衛門、二世中村吉右衛門ら名優と舞台をともにする。1997年、約25年間の舞台生活を経て、文楽座を退座。現在、新潟市の市民歌舞伎「みなと座」などで義太夫節を指導。また、「五世鶴澤淺造 義太夫の世界」などで、弾き語りによるソロの演奏活動、および公立美術館で前衛楽器とのジョイントパフォーマンスも行っている。

受賞歴  文楽協会賞、因(ちなみ)協会賞

 以上の活動は、文楽時代から今日に至るまで義太夫節に関する演奏活動の履歴です。五世鶴澤淺造という芸名は、あくまで義太夫に関する演奏についてのみに使用する芸名です。従いまして今後、古浄瑠璃や説経浄瑠璃などを演奏する場合は、鶴澤淺造の芸名は使用せず、越後角太夫(えちごかくたゆう)を使用致します。越後角太夫の命名者は、恩師ドナルド・キーン先生《注1》であり、平成1993日に東京・柳橋の料亭「亀清楼(かめせいろう)」《注2》において鳥越文藏先生《注3》に立会人となって頂き、命名式を行いました。古浄瑠璃時代の名人・山本角太夫《注4》に因んで越後角太夫と命名して頂きました。以上の通り、今後は義太夫節に関する演奏については従来通り「五世鶴澤淺造」を使用し、古浄瑠璃、説経浄瑠璃の演奏をする場合は「越後角太夫」を使用致します。煩雑で申し訳ございませんが、どうぞくれぐれも宜しくお願い致します。 


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